3月11日:「帰宅困難者」体験

午後2時46分の最初の大きな揺れ、引き続く余震に、神田と大手町の中間にあるビルで遭遇。

表に出ると、余震で大小のビルが大きく揺れているのを、多くの人々とともに見ていた。

仕事を打ち切り、早めに帰宅を決定した(ヘルメットをかぶり、防災用品のリュックサックを背負って)が、結果的には「帰宅困難者」の一人になった。

夜までその後の半日を、地下鉄大手町構内、そして、地下と地上を行ったりきたりする破目になった。

地下鉄・JRとも全面的にストップしていた。

地下にいると、構内放送で「東京湾に津波が来る恐れがあります。地上に出て皇居前広場に避難してください」という指示に従ったが、地上に出ると、寒いし、雨がぱらつくこともあったので、また地下構内に戻る。

大手町地下鉄構内を何度も行ったり来たりしているうち、都営地下鉄三田線が一部開通していることを知ったのが、実に夜の10時半頃。その後、地理的に家に一番近そうな終点・西高島平まで乗って、家まで歩くことを決意。

やってきた満員の三田線に乗り、西高島平に着いたときは、午前12時を過ぎていた。
駅や街角の掲示板、道路標識と、東西南北の方向感、線路との位置関係などで判断しながら、県境や市の境をいくつか越え、歩きながら途中で防災バッグの中のミネラルウォーターを飲み、松屋の牛丼を食べ、2時間あまり歩いて、(家の近くまでどの道も歩いたことはなかったが、ほぼ迷うことなく)やっとのことで家にたどり着いたのが、午前2時18分頃だったか。

この間、ずっとヘルメットをかぶり、防災用品バッグを背負っていた。

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