複数の現実(2)

mixiに載せた1/19「テレビで見る地獄」に、今は海外在住で阪神大震災当時は大阪に住んでいたXさんからコメントをいただいた。

彼にとっての震災は、「地獄」というようなもの(抽象的・概念的・イメージ的…)でなく、きわめてリアルな体験だった。建築の意匠設計が専門のようで、毎日、横倒しになった高速道路の横を歩き、倒壊したクライアントの建物を訪問し、瓦礫と粉塵の中を歩き回っていた、異様にも思えるが、きわめてリアルな日々だったというような内容である。

これに対して僕は、次のようなコメントを加えた。

一人の経験者としてのリアルな体験談、有難うございます。空間的距離などのために、情報がテレビの映像やマスメディアを通してのものに偏っている者には貴重なお話です。ただ、一般家庭にテレビのない国などを除いて20世紀後半以降を生きる人間には、経験や接する情報のかなりの部分がマスメディア由来のもの、という現実があります。

また、話は飛びますが、日々リアルな凄い経験をしているのに、いわば麻痺してしまい、その現実とある意味ではよそよそしい感覚で毎日を送っているようなこともある気がします。――ここで思い浮かんだのが、三島由紀夫の「仮面の告白」。

その中で、遠くに見える東京のどこかへの空襲で、燃えるような夜空が美しかった、といった描写があった気がします(少し時間をかければ、実際の文章が見つけられるかも…)。明日は自分の家が空襲を受けるかもしれないのに、なぜかそんな毎日が他人事のようにしか思えなかったりするという、ある個人にとっての現実。ないし、「精神」の現実。そんな現実も存在します。

"複数の現実(2)" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント