セキヨウ妄語と戦後思想

手元にある返却前の本は、どれも大なり小なり飛ばし読みだが、改めてまともに読もうと思った一冊(木田元『哲学と反哲学』)だけはまだ返さないことにする。

返す本のうち、二冊だけ触れる。加藤周一『夕陽妄語 第一輯 1984・7~1987・12』(朝日新聞社、1997)冒頭の振り仮名から、「ゆうひ妄語」ではなかったことを知った。新聞連載中は振り仮名がなかったと思う。

もう一冊は、加藤典洋『さようなら、ゴジラたち 戦後から遠く離れて』(岩波書店、2010)。著者の出世作『アメリカの影』はなるほど、と思ったものだったが、『敗戦後論』は、図書館から借りて、まともに読まないまま返してしまった記憶がある。

この『さようなら…』は、『敗戦後論』以降にこの本に関して書いた文章を集めたもの。印象に残った個所を引用、抜粋すると――。

・著者は、ほとんどの論者が「私の社会化」の提唱と受け取った小林秀雄の「私小説論」の中に、むしろ社会的な関数として還元できないもの、「社会化しえない私」があり、それこそが「私」の本質である、と読み取った。

・団塊世代の一員である著者は、「団塊」がちょうど氷河が山間部を移行しながらその地形を変えるみたいに社会のあり方を変えてきた面があるためもあり、目上・年上の人間からの圧迫はまったく感じたことがない。

・憲法九条の本質は、そこに謳われた「理念」でもそれを支える「現実」でもない、「理念と現実の落差」である、すなわち、自衛隊が存在してきた事実がある。

・(戦争の死者たちであろう)ゴジラが品川沖から上陸し、桜田門の警視庁を踏みつぶし、国会議事堂を破壊した後、「皇居を踏みつぶさなかった」のは、川本三郎によれば、「天皇制の呪縛」であったが、赤坂憲雄によればそうではなく、自分たちを戦場に行かしめた統帥権者で現人神だった天皇は「もう皇居には存在しない、新しい神アメリカのもとにあった」からである。

・著者によれば、ゴジラにはし残したことがある。それは再び品川沖から上陸し、靖国神社を破壊すること。

・『敗戦後論』をはじめとする加藤典洋氏の議論が、外国の一部の世界で喉に刺さった魚の骨のように痛痒を感じさせている一因は、同氏が自分の議論を欧米流のポストモダンな考えに抗し、日本の戦後思想の遺産に立って構築しているからである。著者によれば、柳田國男、折口信夫など独自の民俗学を源流の一つとして開花した吉本隆明、鶴見俊輔、竹内好、江藤淳などからなる日本の戦後思想の核心は、諸外国の知的読者に理解されていない。これらの思想家の思想は、彼らには「わけのわからない」思想である。

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