三読『日本浪曼派批判序説』

政治思想史家・橋川文三のデビュー作を改めて読んだ。

テキストは、去年、ネット上の古書店で買った、全体に紙が茶色くなった初版第一刷(未来社、1960年2月29日、第一刷発行。今回読んだのは本論のみで、補論以下は除く)。

去年、取り寄せてまもなく、30年ぶりくらいに読んだとき、理解できたのは、いわば著者の橋川が、日本浪曼派(日本浪漫派、日本ロマン派とも表記。端的には保田輿重郎(与重郎))に「いかれた」ことだけだった。保田の魅力を読者に伝えることには成功していない、と思った。

しかし今回、茶色い紙に傍線を引きながら読んでいるうち、橋川や同世代の青少年が昭和10年前後から敗戦にかけて、どのように日本ロマン派にイカレタのか、以前よりもわかるような気がした。

人口に膾炙した「古事記をいだいてただ南海のジャングルに腐らんとした屍となることを熱望していた!」というフレーズのすぐ後に、次のようにある。

<ナチズムのニヒリズムは、「我々は闘わねばならぬ!」という呪われた無窮動にあらわれるが、しかし、私たちの感じとった日本ロマン派は、まさに「私たちは死なねばならぬ!」という以外のものではなかった。…>

戦中派と呼ばれることになる世代の数多くの青年が、このような思いを抱いて戦争期を過ごしていた。

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