電子の海を生きてきた

来し方を振り返っているうち、今までの人生における重大な事件、出来事の多くは、テレビをはじめとする電子媒体によってもたらされたものであることを、改めて痛感した。

意味もわからずラジオのニュースから耳に飛び込んできたのが、「アンポ!ハンタイ!」という集団の叫び声だった。(1960年)

日本初の衛星テレビ中継を見るために、親も公認で夜更かしした深夜にアメリカから飛び込んできたのが「ケネディ大統領暗殺」という、初めは巨大なガセネタと疑われたニュースの第一報だった。ちなみに、日本国民のヒーローだった力道山が、ヤクザに刺された傷が元で死んだのは、それから間もなくだった。(1963年)

ビートルズの来日(1966年)も、キング牧師暗殺(1968年)も、よど号ハイジャック、三島由紀夫自決(1970年)も、連合赤軍事件、あさま山荘事件、テルアビブ空港乱射事件(1972年)も、多くのショッキングな凶悪犯罪も、挙げていけば切りがないが、ニュースを聞いたり、映像を見たのは、ほとんどがテレビを通じてだった。

もっと小さなニュースや情報も含め、現代人が得る情報の大半は、テレビなどの電子媒体によっており、ものを考えたり感じたりする精神生活そのものが、そんな情報を材料にしないでは営めない状態にある。

僕自身、NHKと日本テレビが日本で初めて民間放送を開始した年に生まれた。家にTVが入ったのが1958(昭和33)年、日本でTV受像機の累計出荷台数が100万台を超えた年であり、満5歳になった年である。以来、TVやラジオなどの電子媒体経由の情報は増える一方で、減ることはない。そればかりか、ここ十数年はインターネットが加わった(さらに、ツールとしてはスマートフォンなど、ますます増える一方である)。

そこで浮かんだのが、「電子の海」という言葉である。僕だけでなく、20世紀後半以降の人間は、生まれてこの方、ずう~っと、電子媒体経由の情報の海の中で生きてきたし、そのトレンドは今後もますます強まっていく。

「電子の海(electronic sea)」という言葉自体は、インターネット環境を指す言葉として一部に普及しているようだが、上に述べた意味では、過去半世紀の人類史はずっと、電子媒体経由の情報の海を生きる人間たちの歴史であり、そのことは、現在もそうだし、将来も変わらないだろう。

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