1980年代の京都のキャンパス

は、全共闘(ないし新左翼)が元気だったんだ! 1960年生まれの佐藤優氏の『私のマルクス』を読んで知った。

鈴木宗男との関連で逮捕、起訴され、公判中の佐藤氏は埼玉出身だが、同志社大学の神学部で学んだ。「思想家」ではない人の思想的自伝を読まされている感も覚えたが、けっこう面白かった。

この本によれば、佐藤氏がいた1980年代前半の京都のキャンパス(京大、同志社、立命館)は、新左翼が支配していた。姜尚中が苦々しく思いながら過ごした、政治の首都であり経済の中心でもある東京とは、そんなに違っていたのか、と思った。そんな雰囲気は、東京のキャンパスでは、1970年代半ばで終息してしまった。

正確な年代は覚えていないが、アメリカではとっくにヒッピーの時代が終わり、「ヤッピー」の時代になっていると、言われていた。

田中康夫の『なんとなく、クリスタル』がブームになり、過激派的、全共闘的、また「神田川」的なものは、古臭く、ダサいものになっていたのが、その時代の東京だった。

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