良い生き方とは?

この問いに、誰にも当てはまる「正解」などありえない、とは思っている。

人によって、時代によって、宗教や国や社会等々…によって、さまざまな答えがありうるとは思う。学問で言えば、倫理学や哲学が、この問いへの答えを見つけようとするのだろう。

ただ、なぜか僕の意識に、30数年もずっと引っかかっていることがある。恐らく高校の漢文の教科書か、副読本か参考書で読んだか、テレビかラジオで聞いたのだと思う。

「ある地方に知力・才能に恵まれた前途有為な青年がいたが、彼は両親を故郷に置いて、学問や立身出世のため都に出てしまうことはできなかった。だから彼は、両親のために自分の人生を捧げる決意をし、地方における無名の士として一生を送った」という話である。

古代中国における最重要の美徳の一つである、親への「孝」を具現した美談である。――中国人にとっても、実際にはなかなか実行するのが困難だからこそ、この一つの生き方の例が古典となった書物に記され、世代を超えて人々の心に訴えてきたのかもしれない。

ともあれ、なぜか僕は、この話を忘れることができなかった。いつも意識しているわけではないが、時折り思い出し、「良い生き方とはどんな生き方か?」と自問している今も、最初に浮かんだのである。これは僕が、高校卒業以来ずっと、両親の住むふるさと徳島を離れて生きてきた(そしてその間に、2人とも亡くなった)ことによる面が大きいとは思う。――自分にはどうしてもできなかった生き方だから。

第二に思い出すのが、かつて池袋北口にあった「りゅうきゅう」という飲み屋(沖縄料理屋)で働いていた同い年のM君が、よく僕に「学者であるのが一番いい生き方だ」と言っていたこと。当時、僕は大学院生だったが、その後、現在に至るまで学者になれてはいない。ただ、大学教師という職業には、自分がイエスとさえ言えばなれたことが何度かあったが、どれもオファーを受けなかった。このことは今も後悔していない。また、学者という生き方が最も良い生き方だとまで、一般化して言うことはできないと思う。


第三に、そして今、「良い生き方」として最も強く思うのは、「人のために尽くす」という生き方である。その例として思い浮かぶのが、以前、「尊敬する人」という題でブログに書いた、伏見工業高校ラグビー部の山口良治総監督。そして、「夜回り先生」として、多くの少年や少女の命と心を救ってきた水谷修氏である。

自分にはできない、できていないことを実践しているこうした人たちは、僕にとって、実行可能かどうかは別として、目に見える「良い生き方」の手本である。

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