パパ・ブッシュの「汚い選挙」

1988年のアメリカ大統領選挙の共和党予備選は、レーガンの下で副大統領を2期務めたジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)にすんなりと決まった。東部出身、父親も上院議員という上流家庭の出で、アイビーリーグの1つエール大学卒のエリートであり、俳優上がりの庶民的で親しみやすいレーガンに比べて、「ひ弱なお坊ちゃまから抜けきっていない」というイメージを払拭することが課題とされていた。

このイメージから如実に脱却したのが、民主党候補デュカキス・マサチューセッツ州知事へのネガティブ・キャンペーンnegative campaign(「汚い選挙戦」と訳したい)だった。ブッシュ陣営は、「同知事の下でボストン湾が不法投棄物で汚染されたこと」、そして「同知事の恩赦で仮出獄した婦女暴行犯が同様な犯罪をまた犯したこと」――この2点を突いたテレビCMを執拗に流し続けたのである。前者はごみの浮かんだボストン湾、後者はその犯人(黒人)の顔写真がCM映像の核だった。

1日に何度も見せられながら、「なんて汚いやり方だ!」と思ったものである。そして、「民主党はなぜ反撃しないのか」と歯がゆく思ったものだった。数週間後にやっと反撃に転じたものの、遅きに失した感があった。この間、デュカキスは、「ロープを背に打たれ続けているボクサー」の感があった。

デュカキスには、「同じ汚い手は使いたくない」という美学ないしモラルがあったようだが、アメリカ社会には、潔くても弱いより、「リーダーには強くあってほしい」という願望が強いと思われる。まずは「殴られたら、やり返aせ」である。デュカキスはそうするタイミングを逸した。

やがて、民主党の選対本部長だった黒人女性が、「ブッシュには愛人がいる」と暴露したものの、スキャンダルには発展せず、逆に彼女が選対本部長を解雇されてしまったのである。詳細は不明だが、これは「アメリカ政界のタブー」だったのかもしれない。スキャンダルやニュースになるかならないかは、結局、「力関係」で決まるのかもしれない。そういえば、人気の高いケネディは、大統領在任中も浮気が絶えなかったが、マスコミは報道しなかったという。

ギリシャ系のデュカキスについて、同僚だった当時50代の黒人ESL教師は、「Nobody wants a Greek president.ギリシャ系の大統領なんて誰もなってほしくない」と話したことがあった。いずれにせよギリシャ系のデュカキスも、黒人のジェシー・ジャクソン同様に、当時のアメリカでは大統領になるには早すぎたのだろう。

この記事へのコメント

あんらぎ
2006年07月10日 01:17
ジュリアーニ前ニューヨーク市長が2008年の大統領選に共和党から出馬かというニュースがCNNから流れてました。ニューヨークの治安に振るった手腕と911テロ時の陣頭指揮などで人気の高い人です。ジュリアーニVSヒラリーになるのでしょうか?

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