テーマ:芸術

ジャクソン、勝、西郷

スマホでマイケル・ジャクソンの『This Is It.』を見ていたら、勝海舟と西郷隆盛のことが想起され、目頭が熱くなり涙があふれた。 我ながら気が狂いそうになる組み合わせだが、もちろんM・ジャクソンから勝や西郷を連想したのではない。 読み終わって間もない漫画『王道の狗』の中で、勝海舟が西郷隆盛を最高の人物と振り返る場面が…
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北斎漫画

今はまっているのが画集の類。その1つで最も最近買った『北斎漫画1~3』(青幻社、2010~11)は、江戸時代のベストセラー、ロングセラーを画題別に再編集した文庫サイズの3巻本。 これを見ると、葛飾北斎は満90歳近くで倒れるまで探求と創作に打ち込んだ点でミケランジェロに匹敵する一方、その知識と探究心が森羅万象に及んだ点で「東洋のダ…
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制作、感動、複製、メディア

人は夕日や月や雪景色などの自然を見て感動することがある。 石川啄木みたいに、「雲は天才である」と言ったりもする。人間とは無関係に存在している自然物に、人は勝手に感動してしまう。そして啄木のように、不遜にも、大自然を人間の「制作物」である芸術作品になぞらえて言うなど、逆転した発想をしてしまうことがある。 小林秀雄は「モオツ…
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芸術、複製、感動、アウラ

クリムトの画集をめくり、惹かれる絵に見入っているうち、ほとんど泣きそうになる瞬間が何度かあった。芸術作品による感動。絵を見ていて泣きそうになった経験は、ほとんど記憶にない。 その後、グスタフ・クリムト(1862~1918)その人や作品の解説文の大半を読み、さらにめくっていると、ようやくあらためて気になるのが、作品の脇や下に小さな…
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サティとクリムト

昨日、『クリムト作品集』(東京美術)を買った。 画集などほとんど買わなかったが、今回のきっかけは先日、「エリック・サティとその時代展」を見に行き、ショップでクリムトの絵葉書5枚(「接吻」「ダナエ」「ユーディット」など)を買ったこと。なぜかその時はクリムトの作品に惹かれた。 ショップでは、写真家マン・レイが「目を持った唯一…
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明るい、薄められた狂気

今日29日が最終日となる前日、新国立博物館のマグリット展に行ってきた。 http://magritte2015.jp/highlight.html マグリットには特別な知識も関心もなかったが、一通り見た感想は「明るい、薄められた狂気」とでも言えようか。 1970年代、80年代、90年代と、日本の出版業界ではた…
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細雪、ミナミゾウアザラシ

今更ながら、谷崎潤一郎の『細雪』を読了。 読むきっかけは、NHKが定時ニュースやクローズアップ現代で谷崎を取り上げていたこと。 1983年制作の映画化作品は見た覚えがあるが、なぜか三女・雪子役の吉永小百合の印象が薄い。(雪子はストーリーの中心に位置するのに、岸恵子、佐久間良子、古手川祐子という他の3人の姉妹役のほうが印象…
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岡本太郎は偉かった

ということに、今さら気づいた。電車の中で『美の呪力』(新潮文庫)を読み始めてから。 昔はテレビに出てくる、独特なキャラの変なおじさんであり、また、高度経済成長のピークを象徴する国家的イベント、1970年の大阪万博で「太陽の塔」制作などを任されるくらいだから、当時の日本を代表する芸術家ではあったのだろうが、その偉大さの実感は持てな…
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江藤淳の「フォニイ」論

最近、辻邦生『背教者ユリアヌス』を読みながら(読む前も、読んだ後も)、江藤淳のフォニイ論が気になっていた。 戦後日本を代表する文芸批評家の一人である江藤淳が、「フォニイ」(にせもの、まがい物)として名指しで挙げた一人として、辻邦生の名が鮮明に記憶に残っていたからである。「いったい江藤淳は、なぜ、何をもって、辻邦生らをフォニイと決…
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カーテンも含めた作品?

せっかくの壁画の前に、それを隠すためのカーテンを、誰が何を考えて設置したのか? 当時の沼津市長は、その抽象壁画が嫌いだったのか。 結果論、かつ、うがち過ぎた見方かもしれないが、「ある程度の期間は隠され、いつか再発見されることを見越した、カーテン込みの作品」という、芸術の創作と鑑賞をめぐる前衛的実験だった? カ…
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骨董の世界

最近読んだ本で面白かったのが、中島誠之助『ニセモノはなぜ、人を騙すのか?』(角川書店、2007)。 著者は、テレビ東京系「開運!なんでも鑑定団」の放送開始以来のレギュラーで、古美術鑑定士。数年前に骨董商を引退し、テレビでのエンターテインメントとしての鑑定を主な仕事としている。著書を読んだのは初めてのように思う。TVでのコメントの…
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乳ふさを…

桜の季節だから思い出したのだろう。 乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる 辰巳泰子『紅い花』(1989) 以前にもこの歌について書いたことがあるが、今回は「桜終はらす雨」で思い出した。 だが、インパクトはもちろん上の句にある。「ふふむ」は「ふくむ」と同じ古語らしい。 やはり「ろくでなしにも」が効…
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美しい日本の武満徹

以下は、マイミク太助太郎さんの日記へのコメントの再掲載。 ****** 川端の受賞は三島の生前、1968年でしたか。その後、スピーチの文章は読んだ気がしますが、鮮明な記憶は残っておらず。大江のスピーチは新聞紙上に掲載されて読んだ気もしますが、あまりまともに理解しなかった(しようとしなかった)…。 江藤の評言、太助太郎…
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王位簒奪、トラウマ、怨霊

日本書紀における殺戮者たちからの連想。 精神分析の創始者フロイトの論文に、戦争神経症患者に関するものがあった。戦争で衝撃的な経験をした後に生還した兵士たちに、心的外傷(トラウマ)による症状が現れる。 以前読んだ、このテーマに関する現代の研究書(著者はイギリス人だったと思う)によれば、激しい戦闘などの過酷な経験をして帰還し…
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寺山修司という宇宙

先週末に見た「ETV特集 寺山修司という宇宙 園子温×穂村弘」で、2人の論者が発見ないし提出した寺山像が面白かった。今年は寺山が死んで30周忌を迎えた年だった。 映画監督・園子温によれば、寺山は同じモチーフないしイメージを、自作の俳句、短歌、映画など別々のジャンルや作品に使いまわしているが、それらが陳腐化せず、どの作品でも新鮮な…
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漱石の極彩色の長襦袢

以前、マイミクの方の日記へのコメントに書き付けたことの訂正。 まだ一部しか読んでいないが、半藤末利子『漱石の長襦袢』(文春文庫)による。この中に書名に採られた短いエッセイがある。その内容は、江戸東京博物館での漱石展に展示された長襦袢が元で、「漱石は派手な女物の長襦袢を部屋着にしていた」と思われるようになった風説を訂正したものであ…
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「アウラ」なき世界

先日読んだ宮崎学『近代ヤクザ肯定論 山口組の90年』(ちくま文庫)において、主要テーマである日本の近代社会におけるヤクザという部分社会とその歴史、変質ということ以外に、一つだけ印象的なことがあった。 山口組の中興の祖というよりも、むしろ実質的創業者ともいえる三代目組長、田岡一雄(1913年生まれ)の壮年期は、終戦直後から高度経済…
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貫之、指原、自然史、ヤクザ

大岡信『紀貫之』(1971年)を読了。 貫之の歌は、この本でも「俊成や定家の深味や幽玄味は乏しい」とされるが、その理由の一半が、残された千首余の歌の過半が屏風歌であるという、 <漢詩に拮抗できる和歌の体を、非個人的で公的な、つまり「晴れ」の体と定め、それの確立に力を尽した>貫之が生きた平安初期という時代における立場にもよ…
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青年ラファエロ

上野の国立西洋美術館の「ラファエロ展」を見に行った。 去年のフェルメール展もそうだったが、最終日の閉館間際だった。 (家を出るのが遅れたのは、昼前後に家で仕事したせいだったが、mixiをやっているほうが長かった) この展覧会で展示された作品で最も有名なのが「大公の聖母」。リーフレットによれば、「ラファエロの魅力が凝縮…
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武満徹と星野道夫

寺山修司を渋谷の路上で目撃した記憶から思い出したのが、作曲家の武満徹氏と、写真家の星野道夫氏だった。 二人とも亡くなったのが1996年。武満氏はその年2月、星野氏は8月に相次いで亡くなった。もう17年前になる。 どちらも、僕が担当していたある企業のPR誌のインタビュー記事に登場していただいたのだった。 ニューヨークか…
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漢字文化圏に生きる誇らしさ

東京国立博物館「書聖 王儀之」展の最終日、閉館間際に行った。 僕は王儀之はもとより、書については無知だし、悪筆だと思うが、アジア人であるのに、中国をはじめ東洋文化に不案内であることを、どこか後ろめたく思ってるところがある。 だが、図書館で借りた本(『世界の文字』といった本だったかもしれない)で見た、江戸時代の木版活字の文…
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スターから見た大衆

NHKが俳優・高倉健をテーマにした番組の何度目かの再放送をまた見ているうち、見逃していた部分にハッとなった。 食うための職業として俳優になったものの、売れない二枚目を何年もやった後に、ヤクザ・任侠物の主演を張って、ようやく映画スターになった頃。 年間10本も映画に出るという粗製乱造で、自分の仕事にやりがいを感じられなくな…
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シルビア・クリステルって

オランダ人だったんだ!と訃報に接して思う。 なぜか、隣国ベルギー出身のように思っていた。 世界的な話題作、ヒット作『エマニエル夫人』の原作も映画もフランス語だった(多分)から、フランス語とのバイリンガル国ベルギーのほうがイメージに合う。 一方、北の国オランダには、文化の中心フランス(特にパリ)に比べて無骨なイメージが…
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80代で人生のピーク

とは、先日、87歳で亡くなった名脇役、大滝秀治氏を追悼するTV番組を見ていて思ったことである。 記憶にあるかぎり、老け役でのイメージしかなく、昔からほとんど変わっていない、という感がある。 追悼コメントでビデオに出ていた日色ともゑと樫山文枝が、ともに久しぶりに見るせいか、皺くちゃの婆さんになっていたのに驚いたが、年齢からすれ…
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負けた奴は死んでも仕方ない

アメリカとは、そんな国である。 (実は、この題でほぼ書き終えたのに、久しぶりの致命的ミスタッチで消してしまった) 20年余り前、ニューヨークで4年間暮らしながら、感じていたことだった。 ――少し文学史的な付け足しをすると、気鋭の少壮文芸評論家だった江藤淳が、プリンストンの客員教授か何かでアメリカ生活をした…
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「真珠の首飾りの少女」とアウラ、コピー、伝説

(連休中に少しでも多くやっておくべき仕事を中断) フェルメールの作品中、恐らく最も人気の高い「真珠の耳飾りの少女」を見に、その芸術作品としての「アウラ」を感受するために、出かけた。 展覧会の最終日で、この機会を逃したら、わざわざオランダまでは見に行かないだろうし。 8時まで2時間延長された閉館の1時間前に見ることになった…
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ナイトホークス

mixi上で2日続けて画像を掲載することになった。 アメリカの画家エドワード・ホッパーの代表作の1つ「ナイトホークス」(1942年)の解像度の低いものと高いもの(容量の小さいものと大きいもの)。添付は高いほう。 僕がこの絵を知ったのは、ニューヨーク在住時代でもそれ以前でもなく、帰国後、NHKの番組で映画監督の崔洋一がゲストで…
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ヴァレリーとダ・ヴィンチ

「レオナルド・ダ・ヴィンチの方法序説」を書いたポール・ヴァレリーは、ダ・ヴィンチが21世紀の今も「万能の天才」と偶像視されていることに、最大の功績があった人物(少なくともその一人)だろう。 この文章の内容自体はほとんど覚えていないが、1871年生まれのヴァレリーがこの評論を書いたのは1895年、テスト氏を書いたのは翌1896年と…
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生誕150周年

7月14日は、クリムト生誕から150周年(フランス革命記念日もあったか…)。 森鴎外と同時代人だったのだ。 http://ic.photo.mixi.jp/v/aeae587693516ecfd1bbc405a6e31abcfd9b10a0d5/5001159e/picture/7131895_1702792924_17…
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「蒼白き頬」と男のナルシシズム

昨夜、テレビをザッピングしていて、谷村新司の名曲「昴」を歌う前に、本人と秋川雅史が話していた。 僕自身は、特別この曲のファンではなかったが、世界3大テノールの一人とされたホセ・カレーラスもこの曲を愛好していることに、オペラ歌手として、秋川は「朗々と歌い上げるメロディの調子の良さには、『テノールの血が騒ぐ』ようなところがある」とコ…
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