テーマ:戦後

「グレープフルーツ」という言葉

どうでもいいようなささいなことだが、「なぜか覚えている」ことの一つ(その第二弾)。英単語のgrapefruit(グレープフルーツ)に初めて遭遇したのは、高一か高二の英語の教科書だった。 あまり予習などしない方なのだが、その時はなぜか、この単語を辞書で引いてみた。grapeがブドウなのはとっくに知っていたが、なぜfruitが付いて…
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思い出す「リン病」

冬季オリンピックのシーズンになると思い出すのが、1972年札幌五輪随一のアイドルスターだったフィギュアスケーター、ジャネット・リン。 おかっぱみたいなショートへアの淡い金髪(プラチナブロンド?)に愛くるしい笑顔。このジャネット・リンの魅力にイカレてしまったことを、僕は「リン病」と呼んでいたが、この言葉は一般には流行しなかった。 …
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ミッキー安川が悔しかったこと…

最近続いて接した訃報。日本を出てもうすぐ10年になるあんらぎさんにとっても懐かしい3人のうち、浅川マキを除いて小林繁とミッキー安川はテレビにもよく出ていた。 大昔に読んだ、ミッキー安川のアメリカ留学体験記みたいな本の中のエピソードが、なぜか記憶に残っている。半世紀以上も前に、彼と同じ時期に(多分、同じ大学に)留学していた、二人の…
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日本人は「劣化」したのか?

昨夜、忘年会で数年ぶりに会った人は、最近カンボジアとベトナムに観光に行ったとのことで、カンボジアはまだ、日本ではNHK「坂の上の雲」第一回放送の頃、つまり明治前半期頃、例えば「鉄道の東海道線がまだ全通していなかった」時期にあるようだとのこと。 彼は「日本人は劣化した」ということを言っていた。例えば、よくマスコミでも言われる、電…
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「一億総中流」は幻想だったのか?

民主党政権になって初めて、日本政府がOECD(経済協力開発機構)による日本の貧困率と加盟国中の順位を公表した。これによって、日本は所得格差が先進国中トップクラスの「格差社会」であることが、客観的データで明らかになった。歴代の自民および自公連立政権は、このデータを発表してこなかった。 加盟30か国中、メキシコとトルコを除けば(両国…
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対「団塊の世代」

最近読んだ本に山口文憲『団塊ひとりぼっち』(2006年刊)がある。 この世代は、戦後の日本で最も目立つ、特出した世代である。その団塊世代自身による団塊の世代論。著者は1947年生まれのエッセイスト。トランペット専攻の音大受験に何度か失敗し、浪人中にベトナム反戦の市民団体・べ兵連の活動に加わり、大学に行かずじまいになった。 …
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加藤和彦氏の死

中学時代、「帰ってきたヨッパライ」は大流行し、僕もシングル盤を持っていたような気がする。 「イムジン河」もラジオで聞いた。「帰ってきたヨッパライ」ほどではないが、はやった。比較的最近まで、なぜかベトナムをテーマにした歌のような気がしていた。1960年代後半当時は、ベトナム戦争の時代だった。 朝鮮半島の南北分断を扱ったため…
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バージンロードと通路の間

前回の日記で、結婚式を挙げるときの教会や結婚式場での「バージンロード」が和製英語ないし知られざる傑作コピーであることを書いた。 英語では、単にaisle(アイル:通路)でしかないものを、直訳すれば「処女の道(童貞の道)」という大仰な言い方にしてしまう日本人。カタカナ語になると、美しく、マイルドになり、ある種の「物語」さえ予感させ…
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ニューヨークの匂い

戦後のまだアメリカが遠かった時代、日本のジャズファンたちは(僕などより上の世代だが)、「舶来」のレコードを買って自宅に持ち帰るや否や、包装を引き破って鼻を近づけ、思いっきり空気を吸い込んだという。包装紙の中に封じ込められていたかすかな「ニューヨークの匂い」を嗅ぐために。それだけ、当時の日本のジャズファンにとって、ニューヨークはジャズの聖…
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内なる戦争責任

mixiでマイミクである方の傷痍軍人についての略史(話は、昭和天皇の戦争責任と米軍の占領政策、極東軍事裁判、昭和天皇自身の戦争責任意識、麻生首相の靖国参拝と自民党集票組織としての遺族会団体などに及ぶ)を読んで、改めて思った。 「日本人には、自分で戦争責任の問題に一応でもけりを付ける能力がない」。少なくとも、食うこと、生き延びるこ…
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「沖縄戦」後のレジスタンス

前々回、前回の記事で触れた、第二次大戦後の日本の反米レジスタンスの有無について、「日本には、イラクなど比べ物にならないくらいあった」とコメントをいただいたOさんに典拠資料を質問していたところ、次のような回答がありました。 <この件について教えてくれた方に問い合わせてみたところ、彼も原著は覚えていないとのことでした。申し訳ありませ…
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「戦後」という時代

このブログと同じ記事を載せているmixiで、前回、マイミクのOさんからいただいたコメントの中に、「日本にも戦後レジスタンスがあり、占領下の最初の3年間は毎年500人以上も米兵が殺されていた」という、現代人の歴史認識を覆すような記述があり、Oさんにその典拠、書名と著者を質問したが、現時点で正式な回答はない。 Oさんによれば、「著者…
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作家や思想家にイカレタ経験

ここで「イカレタ経験」というのは、傾倒したとか、熱狂的なファンになったことである。 本を読むという経験には、そんな側面もある。よく見てはいないが、mixiのコミュなどでも、三島や太宰や乱歩等々の作家に次々と新しいファンが生まれていることがわかる。 僕は文学少年でも早熟な読書家でもなかったが、吉本隆明はエライらしいと聞いて…
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カワイイ進化論

NHKで水曜の深夜にやっている「東京カワイイTV」を見終わったところ。欠かさずではないが、結構よく見ている。 僕のようなおじさんには縁のない、若い女の子のファッションや風俗、彼女らが何を感じ、考えているか、ひいては現代日本社会の一端を知ることができる。 思えば、20年以上前の1980年代半ば、僕がニューヨークへ移住する前の日…
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『特捜検察の闇』

という本を読んだ(魚住昭著、文藝春秋、2001年5月30日第1刷)。 同じ著者の岩波新書『特捜検察』は以前に読み、ブログとmixiにその内容のうち、ロッキード事件について備忘録的に、解明されないままになった二つの謎について次のように記しておいた。 「この事件の発端は防衛庁の第一次FX商戦だったとのこと。ロッキード社は児玉誉士…
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50年前…

今日、天皇誕生日の2008年12月23日は、東京タワー完成から50周年という。 50年前の1958(昭和33)年は、たしか長嶋茂雄の巨人入団一年目、新人王の年。テレビの累計販売台数が100万台を超え、わが家でもテレビが入った年だった気がする。建設中の東京タワーが着々と建設され、高くなっていくのをテレビで見ていたような気がする…。…
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予想と逆:政治の世襲化

昔、「将来は元暴走族の国会議員や総理大臣が誕生しているかもしれない」と思ったり、言ったりしたことがあった。 しかし今の現実はその逆。総理大臣は、祖父か父が総理大臣だった者が続いていることに象徴される、「政治の世襲化」が進行してきた(血統というブランドの化けの皮がはがれてきたが)。ケニアからの留学生の息子が次期大統領に選出された…
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時速1冊?

ロシア語通訳の第一人者とされ、エッセイストでもあった米原万里の『打ちのめされるようなすごい本』を読んだ。闘病記を含む読書日記と最後の書評からなる本で、著者の本は初めてだったが、話題作を読んでみたくなった。 1950年生まれで「『イージー・ライダー』の世代」を自称する姜尚中や、宗教人類学者の中沢新一と同年生まれで、高卒の春に東大入試…
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日本はすでに投資立国!

大手信託銀行の個人投資家向け株主通信の連載「経済教室」第一回の記事で知った。 日本の経常収支の黒字で最大の構成要素は、もう何年も前から、海外投資による利益が貿易収支を上回って第一位だという。 このため、「GNP(国民総生産)はGDP(国内総生産)を上回っている」という。日本は、物を作って海外に売るよりも、海外への投資で儲ける…
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『イージー・ライダー』世代

姜尚中(かん・さんじゅん)の『悩む力』という新書を読んだ。 著者が青春時代に読み、今に至るまで影響を与え続ける漱石とマックス・ウェーバーの著作と生き方を踏まえながら、人は皆、青年時代はもとより、いくつになってもいかに生くべきか、死ぬべきか、大いに悩むべし、と言う。今の世の中、また若者たちは、真面目に悩んだり、考えたりすることを避け…
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気になる二人

最近、僕が気になっているのが、奥崎謙三と安井かずみ。ともに鬼籍に入った過去の人だが、いわば昭和社会史を彩った多くの人たちのうちの二人である。二人に接点は、ない。 奥崎氏は、僕の長年の友人にしてマイミクのあんらぎさんの日記にコメントを書いているうち、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』について書きかけているうちに思い出し…
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見てよかった

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』を見た。1960年の安保条約強行採決から全共闘、よど号ハイジャックあたりまでの前史は、実写の記録映像。連合赤軍結成前後から1972年のあさま山荘事件まではドラマ。 感想は尽きないが、とにかく見てよかった!
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白洲次郎という生き方

『白洲次郎 占領を背負った男』(北康利著、講談社、2005年)を読んだ。 白洲次郎という人物は近年、雑誌の特集などに取り上げられ、気になる存在だったが、僕は読んでおらず、まともに読んだのは今回が初めて。ハードカバーで400ページ。 雑誌では、この本の最後から2番目の章題にもなっている、「日本一格好いい男」といった取り上げ方を…
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「まりや」と「由実」、そして

おとといの夜、たまたまNHKでやっていた、デビュー30周年を迎える竹内まりやの番組を見た。 昔は特にファンではなかったが、聞きながら「いい」と思った。特に、あの甘酸っぱい歌声が。元々ファンだった人は、今さら何を言ってるのか!と思うだろうけれど。 その後、ウィキペディアなどを見て、「まりあ」でなく、「まりや」であることに気づい…
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桑田佳祐の世界観と音楽

桑田佳祐『ブルーノート・スケール』(1987年、ロッキング・オン)を読んでみた。同じ図書館から数年前に借りたときは、読まないまま返した本である。 先日、桑田本人の世界観などについてあまり知らないまま、同年生まれの田中康夫と結びつけて書いてしまったので。 http://japan-us-world.at.webry.info/…
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備忘録:あさま山荘事件の裁判の本

数年前に図書館で借りて読み(書名も著者も覚えていないが)、内容で最も印象に残っていることを記しておく。 著者は(たぶん)この裁判の上告審で国選弁護人になった人。今から36年前、1972年の事件当時は幼くて、あまり記憶にないという。 この弁護士さんが一番疑問に思い、その起訴内容の不備を訴えたのが、警官2名への銃撃犯の特定も、立…
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桑田佳祐と田中康夫――分水嶺としての1956年生まれ

タイトルは、世代論的な仮説として思いついたことである。 サザンオールスターズの桑田啓祐の生年月日は1956年2月26日でである――このことを知ったのは今回、ウィキペディアで検索した時が初めてだったが、元々思っていたのと誤差はほとんどなかった。 1970年代後半、「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」など好きだったし、198…
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戦後日本は戦争をしてきた

このタイトルの新書、角川oneテーマ21というシリーズの一冊を読んだ。姜尚中と小森陽一(ともに東大教授)の対談。前者は韓国籍だし、後者は共産党員だった両親とともに幼少期を旧ソ連で過ごしたという経歴。思想的立場はともに反自民党(自公)政権と言えようか。 対談で一貫して言われているのは、逆説に聞こえるが、戦後日本に実際は「戦後などなか…
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三島由紀夫の命日

今日11月25日は、小説家・三島由紀夫が37年前の1970年に死んだ日。「憂国忌」というのは、右翼の呼び名だろう。 僕はリアルタイムの愛読者ではなかったが、若い人の知らない、同時代を生きた記憶がある。昭和30年代から死の40年代半ばまで、三島は作家という枠にとどまらない、長嶋茂雄や石原裕次郎や力道山、相撲の初代朝潮や栃若などに近…
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「傷痍軍人」という言葉

昨日の「浅沼稲次郎の暗殺」へのmixi上でのコメントに、「傷痍軍人」という言葉を見かけた。浅沼氏が暗殺された1960年ごろは、東京の銀座にまだ「傷痍軍人」がいたと。 この「傷痍軍人」という言葉を見て、僕も、ふるさとの街角(徳島の小松島という港町の商店街)でも見かけたことを思い出した。…白装束に白い包帯という姿で物乞いをしている、と…
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