ブラディ・ダーウィン、太陽族vs憂鬱族

返却前の本より。期限をとうに過ぎ、ろくに読んでないまま返却する前にぱらっとめくると――。

『ブラディ・ダーウィン もうひとつのパール・ハーバー』はオーストラリア人による本の翻訳。ここでのダーウィンは同国北部の港湾都市で、表題は邦題が示すように、日本軍が1942年2月19日、この都市を空襲したことを指す。

日本から見た同国は、当時のオランダ領東インド(現在のインドネシア)など、日本軍が攻略を目指す地域に対する連合国側の反抗の拠点になると考えられていた。このため、同国北部の港湾都市や空港が攻撃目標にされた。その後100回近く同国北岸の諸都市が空襲されたことは、日本でもオーストラリアでもあまり知られていない。当時の豪州北部は大部分の国民にとってはるか遠い辺境だった。

また、1942年5月31日深夜から6月1日未明に掛けて、日本海軍の特殊潜航艇3隻がシドニー港に潜入し攻撃したことも、両国民はほとんど知らない。

もう一冊の『イメージとしての戦後』という本に、作家・高橋和巳は石原慎太郎の太陽族に対抗心を抱き、同時代の青年たちの中の太陽族ならぬ、憂鬱にさいなまれる青年たちの存在を強く主張していたとの指摘がある。世代的に僕自身は当時(昭和30年頃)の青年たちの空気を知らないが、二人は同世代だし、言われてみればさもありなん。

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