三島由紀夫から遠く離れて

金曜の夜、佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫 人と文学』(勉誠出版、2006)を買った。以前に同じ三島由紀夫論コーナーで見かけた同じ著者による分厚い三島研究書を買うつもりだったが、それが見当たらず、この一般向け作家評伝シリーズの1冊を買った。

著者には30数年前、1970年代末頃に何度か会ったことがあり、名前を覚えていた。名前が記憶に残ったのは、彼が三島由紀夫研究者の卵だったからだ。会う機会は、日本近代文学会という学会の実務的な世話役(の下働き)の大学院生の会合だった。僕が明治大学、彼は立教の代表で、僕自身も一応は三島が専門だった。ただ僕自身は三島であれ誰であれ、作家の「研究者」なるものにはなりたくなかったが、彼は「三島由紀夫の研究者になる」ことに何のためらいも抱いていないと見えた。

彼は今、関西の大学の教授になって日本近代文学を教えているが、専門は一貫して三島で、学生時代の初志を実現、貫徹している。この間、彼が山梨にできた三島由紀夫文学館でも活動していることは、新聞か何かで見た記憶があった。

彼とは当時も個人的に話をしたことがなく、三島との出会いや、なぜ専攻にしたのかについて聞いたことはなかった。まして今、僕自身は三島由紀夫から遠く離れた一読者に過ぎない。

本屋の三島論コーナーには何十冊かの三島論が並んでいたが、ほとんどは著者の名に馴染みがなかった。いや、ろくに見もしなかった(昔は三島の全集と共に100冊か200冊かの三島論を持っていたが、29年前ニューヨークへ移住する前に売り払った)。考えてみれば、本屋にある三島論の著者が世代交代したのも当然だ。

棚にあった他の三島論を読んでもいないのに敢えて言えば、佐藤秀明氏は恐らく、数ある三島論の著者の中でも、新資料や事実や他の著者の三島論も踏まえた上で、バランスの取れた真っ当な三島論を書いてきたのだろうと思う。立場上、彼は単に好き勝手にものを書くことはなく、いわば三島研究者の代表だ。

さて、肝心の佐藤氏の評伝の内容はどうか。一般向けで既知のことも多いので、まだ飛ばし読みだが、序章「三島由紀夫の『荒野』」において著者がフォーカスしている内容は、僕自身の関心の中核と重なる。

三島は自らの作家生活を「銀行員タイプ」と称したように社会に不適応な無頼には程遠く、若くして文壇内外で成功した有名人だった。また一人で食事するのが大嫌いな寂しがり屋であり、「自分には無意識はない」と極言するほど意識家でもあり、自身を「ごった煮」と称するほど受けた影響が多彩だった。しかし同時に、常に心の中に凄まじい「荒野」も抱えていた。

三島の「心の中の荒野」の表現の例として佐藤氏が引いているのが、文字通り「荒野より」という三島41歳の時の短編のほか、15歳の時の「凶(まが)ごと」という詩である。佐藤氏は「この『荒野』を三島は終生持ち続けた」と言う。僕もそう思う。

「荒野」や「凶ごと」という表現には詩的・文学的な美化があるが、具体的には、作品によって殺人や金閣への放火やニヒリズムや人類滅亡の観念だった。NHK教育の番組では、三島の人生の主調音としてのニヒリズムが描かれていたと思う。

佐藤氏が三島の凄まじい「荒野」とどう付き合ってきたのか興味を惹かれるが、この評伝にそんな生々しい個人的なことは書かれていない。僕自身はといえば、そんなものと付き合うのが嫌になった。そればかりか、日本を脱出したくなり、地球の裏側に移住まですることになった。

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