歴史の「表層」と「深層」

自分なりに今後の余生で追究するテーマを絞ろうとすると、「歴史」ということになりそうだが、これがすこぶる多様で広大だ。元々、比較的近い分野だった近代日本の歴史や思想史だけでも相当な分厚さの先人の蓄積がある。

一昨日買った文庫本の1冊がフェルナン・ブローデル『歴史入門』(中公文庫)。ブローデルは、マルクス主義や唯物史観がかつての力を失った後の歴史学の動向を代表するアナール学派の巨匠だが、まともに取り組むほど読んではいなかった。人類の社会史や経済史、さらには歴史の「無意識」にまで構想の射程を広げていたことが、前書きに記されている。

一方、3月に講演を聴き行った寺島実郎氏の近年の関心の焦点は400年前、17世紀のオランダ、およびそれ以来の世界史。奇しくも、現代の政治学者で一時期最も大きな政治権力中枢にあったヘンリー・キッシンジャーの最近著が、同じく400年前のオランダにこだわっていると寺島氏は指摘(邦訳は出ていないので原著を買ったが、最初の40ページで止まっている)。

1618~48年の30年戦争の戦後処理で、欧州各国の大小諸侯や騎士が、実はオランダのウエストファリアと少し離れたもう一つの町に、「新教・旧教別々に」集まり、複数の条約を締結した過程を総称してPeace of Westphaliaなどと呼んでいるとキッシンジャーの本で知った。

ともあれ、これ以来、国家は基本的に宗教的価値観から切り離され、主権国家として政治・外交・侵略・戦争等の主体となって現在に至っている。現在世界的に最もホットな問題であるタックスヘイブンにしても、現代の主権国家の在り方に直接関わっている。日本の維新・開国にしても、西欧やロシアの列強の権益拡大という世界的トレンドの中での1コマだった。

――こうした大文字の、表層の歴史の下に、歴史家などが注意を傾けることの極めて少なかった無名の人々の暮らしの歴史がある。

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