ガンジーvs「日本精神」

山田風太郎『戦中派虫けら日記』の昭和18(1943)年3月3日は、まだ満21歳の若者に過ぎない山田が、いわば当時の日本人全体を代表して、インド独立運動の指導者であり、欧米列強と闘うアジア人の代表でもあるマハトマ・ガンジーを激しく軽蔑した内容である。

ガンジーが「2週間の断食を終了し、快くオレンジ・ジュースを飲みほした」という新聞記事を見て、「日本人は呆れ返ったろう」と記す。

<英国は依然として冷然とうそぶいているではないか。なぜ最後の息をひきとるまでこれに反抗しないのか。
 ガンジーも70をこえて少し頭がボケているのではないか。とにかく日本人とは少し違う。こんな人物を印度の指導者としている以上、印度が独立など出来ないのはあたり前だ。印度独立などという一大事は芝居で行われるものではない。
 感激していただけに、だまされたような思いがして、腹が立ってたまらない。>

――山田青年によれば、ガンジーは餓死するまでハンガーストライキを続けねばならなかった。それが当時の日本人の常識だった。こうした、国家の独立という大義のためには、自分自身の命も含め「個人の生死など何ほどでもない」という考え(仮に「日本精神」と呼ぶ)は、ガンジーには無縁だったようだ。ガンジーは、人は大義のためには自らの命も犠牲にすべきだとは考えなかったのだ。そんなガンジーを、山田をはじめとする当時の日本人の多くは軽蔑した。

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