マレー沖海戦一周年!

かばんの中に入れている文庫本、山田風太郎『戦中派虫けら日記 滅失への青春 昭和17年~昭和19年』(筑摩)の冒頭近くにあった一節にビクッとした。「マレー沖海戦」とは戦史上有名なのだろう。軍事ファン向け雑誌などで見かける言葉。その1年後の1942年12月10日、弱冠20歳の若者だった山田風太郎は、リアルタイムで次のように記していた。今から73年余り前のことである。

<十日
○マレー沖海戦一周年。(中略)
 しかし、あの日の感激は今も忘れることが出来ない。自分は有頂天の中に、ああ日本の過去未来にわたって、これほど雄大悲壮、荘厳をきわめた国家的栄光の日はまたとあるまいと思い、深い憂鬱の念につつまれたことを思い出す。そうして、それは事実であった。>

ここに見るように、真珠湾奇襲からマレー沖海戦までの3日間は、当時の多くの日本人が天地開闢以来「日本の歴史全体の絶頂のエクスタシーに今まさにある」と感じていたことが分かる。

山田と同い年の橋川文三も2歳下の吉本隆明も、これに近い感慨を覚えていたのだろう。(山田と同年でも鶴見俊輔と中井英夫は例外)

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