イチローと「コンビニ時代」

鶴見俊輔の関川夏央との対談本に出てきて気になった箇所。

<鶴見 イチローはコンビニが好きでしょう。
関川 宮古島へキャンプに行ったとき、「コンビニがあったらなあ」といったそうですね。
鶴見 イチローが取材に答えて「コンビニがあれば、それで自分は生きていけるんだ」といった。(中略)>(元の対談は、NHK教育1997年3月15日放送用に行われた)

鶴見によるこの指摘は、特に主題として追求も展開もされていないが、わざわざ発言し、本に残しているから、鶴見にとって「気になる」事象だったのだろう。

これを自分なりに考えてみる。
いわゆる「高度経済成長」以後の時代は、石油ショック、バブル経済とその崩壊、「失われた20年」などの経済事象があり、現在まで40年以上の長さにわたる。だからこれを一言で命名するのは(高度成長「以後」とでもする以外)ほぼ不可能に思えるし、また一面的であることも承知で敢えて命名すれば、「コンビニ時代」という面がある。

ちなみに、セブン-イレブン・ジャパンの設立が1973年11月20日(1号店は翌74年5月15日オープン)、イチローの誕生日が73年10月22日で、両者はほぼ同時に誕生した。

写真家で物書きの藤原新也は、1980年代前半に書いた『東京漂流』冒頭近くの文章で自己の生い立ちと同時代の日本を振り返った。その中で、彼は自身が育った数寄屋造りの旅館の都市計画による1960年の解体に、「過去的なる価値の最後的なる崩壊」という、日本列島全体を貫く不可逆な時代の趨勢を読み取った。

――ここで僕が敢えて命名したのが「喪失としての高度成長」ということである。全ての日本人は、「獲得」としての高度成長と同時に、過去的なる価値の「喪失」をも味わいながら生きてきたのだ。この「喪失」に、僕自身なぜか共感してしまう。「数寄屋造り」の家に象徴される「過去的なる価値」の希薄な環境で育ったにもかかわらず。

さて、コンビニもイチローも共に高度成長が終焉した後に生まれ、発展したり活躍したりしてきた。

藤原新也は『日本浄土』(2008)のあとがきで、
<過剰な情報の流入は風景のみならず人間の心をも画一化し、大規模店舗の展開はささやかに息づいてきた土地のモノの流通や人の情を消し去り、中央と直結した土建行政によって古きものは跡形もなく破壊され、いずこにおいても無感動なツルリとした風景が目の前に立ちはだかる。>

――と、(つとに多くの人々に言われてきた)現代日本の現実を指摘・批判していたが、「コンビニ」については、大規模店舗と同様に「資本」によって全国に展開されているものの、大規模店舗ほどには敵対、失望していない気もする。

以前、何かの記事で、全国の歯科医院の数はコンビニ店舗の総数より多いと読んだ記憶がある。コンビニは経営効率性という資本の論理に従うから、民営化以前の郵便局のようには公益を最優先して採算度外視の内部補助で配置、展開されるはずはなく、全国にはコンビニがない市町村も数多いはず(冒頭の引用でイチローが「コンビニがあったら」と言ったのは石垣島でのキャンプの時だった)。コンビニは、中央の指令で展開、機能する「都市的なもの」だろう。

養老孟司は持論として、都市は人工物として人間の脳の延長、拡大であり、「現代人はその人工物の中でしか生きていない。自然そのものと接していない」と指摘している。コンビニはその一例だろう。

藤原新也は『東京漂流』の中で、高度成長の時代に日本の家の中で「テレビ」が神棚や仏壇を片隅に追いやるか駆逐してしまい、時代の精神的エーテルを「沈黙」から「喧騒」へと逆転させたことを指摘した。

<家の中心に白黒テレビジョンが置かれ始めた60年代の初頭、そのテレビの画面から突然、「働いて、儲けて、物を買え!」と一方的に欲望をそそるご託宣が、日々見知らぬ虚像によって大衆を駆り立てた。「ファイトを飲もう! リポビタンD!」というコマーシャルが馬鹿でかい声を立ててブラウン管から飛び出したのも、ちょうどこの時期(昭和37(1962)年)である。>

――このCMの主役は、その後、高度成長期を通じて毎年ホームラン王となり、さらに世界一のホームラン王となる王貞治だった。

一方のイチローは、その安打製造技術の卓越性は本場メジャーリーグで最多安打記録を更新するほどだが、上記王貞治のリポビタンDのCMほど時代そのものを象徴するイメージを形成することはなかった。

さて現在の日本と日本人の在り方に戻ると、批判的なコメント、指摘をする藤原新也も養老孟司も実生活ではコンビニが意外と好きかも知れない。どうだろうか。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック