渡辺京二より藤原新也を先にやれ

「渡辺京二より藤原新也を優先すべきではないか、僕は」

前回の日記を書いた後、この思いが高まった。

渡辺氏の著作の世界をもっと知りたいと思うようになったきっかけは、人々の従来の江戸時代に対するイメージを新たにした『逝きし世の面影』だが、これは当然ながら、書物、中でも幕末から明治にかけて日本を訪れた欧米人が残した「文章」や「写真」を介して渡辺氏が得た世界像によっている。所詮、「文字と写真」を通じて渡辺氏が得たものである。しかし、著者も含めて現代人の誰も、直接、江戸時代を体験することはできない…。

一方、藤原新也がこだわり続けているのは、自身の肉体が五官を通じて直覚・直感している現実、特に日本の現実である。図書館に返却した『日本浄土』(2008)のあとがきには、

<過剰な情報の流入は風景のみならず人間の心をも画一化し、大規模店舗の展開はささやかに息づいてきた土地のモノの流通や人の情を消し去り、中央と直結した土建行政によって古きものは跡形もなく破壊され、いずこにおいても無感動なツルリとした風景が目の前に立ちはだかる。>

――と、(つとに多くの人々に言われてきた)現代日本の現実が指摘されていた。いわば、日本の現実が「資本・政府・メディア」の三位一体に覆い尽くされそうになっている中で、藤原新也は、これらに侵されない、いわば日本の原風景を「日本浄土」と呼んだ。メディアもまた資本によって成り立っているから、つまりは「資本と国家(政府)が肥大化して現実を覆う」以前の、太古から続いてきた本来の日本ないし世界。

藤原新也(1944年生まれ)は、日本の歴史上、20世紀後半に一度だけ起きたこの現象=高度成長とそれ以後の変化を、少年・青年期に強烈に感得し、それを表現し続けてきた人物(少なくともその一人)だろう。同時代を生きた人なら程度の差はあれ誰もが受け止めた同時代史の中に、「喪失としての高度成長」を最も鮮やかに見た人。

例えば年長の渡辺京二(1930年生まれ)は、「戦争」や「戦後」という激動の時代をそれ以前に生きてきたから、「高度成長の前後」だけを強く認識することが少なかったのではないか。もう一つ例を挙げると、渡辺氏よりさらに年長の文芸評論家・本多秋五(1908年生まれ)は授業で、「高度成長は意外に大きな意義があったかもしれない」と漏らしたことがあったが、恐らく本格的な文章は書いていないのではないか…。僕自身は、まさに「高度成長の真っ只中で育った」世代だが、藤原新也が書いてきたような「高度成長以前の原風景」的なイメージにある種の喪失感と懐かしさを感じてしまう。

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