河合隼雄のポジショニング戦略

返却前の本の一部:

1 安保徹・石原結實・福田稔『非常識の医学書』(実業之日本社、2009)
2 エドワード・W・サイード『フロイトと非-ヨーロッパ人』(平凡社、2003)
3 『河合隼雄を読む』(講談社、1998)

1の3人の著者は、国家資格を持つれっきとした医師・医学者だが、現在の標準的な医学・医療の常識の一部を否定し、確固たる信念を持って実践している人たち。

2のサイードは著書『オリエンタリズム』などで有名な、亡命パレスチナ人というスタンスから近現代の世界で主流の欧米中心の世界観の批判を行った人。この本の表題になった講演をもとにした文章で著者は、精神分析の創始者フロイトがその最後の論文「モーセと一神教」で、モーセの出自がユダヤ人=イスラエル人ではなくエジプト人であることにこだわったことを、中心テーマとして指摘している。

3は心理学者・河合隼雄に対する有名人読者29人のエッセー・論集。この本の刊行時点で70歳になった河合氏は、冒頭の「感謝の言葉」で学者としての来歴を振り返り、昔話や児童文学に惹かれる中で自分のオリジナリティのある本を書けるようになったとしている。
 河合氏は「心理学の世界では遠慮して使えなかった『たましい』という言葉が、この世界では通用し、児童文学はそれを語るにふさわしい素材を十分に提供してくれた。」と振り返っている。

拾い読みした本文の中から、ユング心理学者としてスタートした河合隼雄のポジショニングの軌跡を跡付けた中沢新一の文が「なるほど」と思わせてくれたので引いてみる。(PP. 224-225)

<世の中の雰囲気も改まって、60年代の後半あたりから、むしろ神話や昔話や未開宗教には近代社会が失ってしまった、別種の論理や未知の可能性がひそんでいるという、カウンターカルチャー的な考え方が、大きく浮上してくる頃合いを見計らって、河合隼雄はこれまで口をつぐんで語らなかった、自分の研究の本来の主題をおもむろに語りだすのであった。
 たくさんの鋭利な知性たちが、このことでは不用意なフライングをして、たいして成果をおさめることもなく消えていった(中略)。
 仏教についても、そうだった。河合隼雄はどちらかと言うと、デカルトやフッサール的な合理的な知性の運用を愛する人であるし、(中略)。
 患者さんたちはまぎれもない日本人で、その感情も思考も、深く日本語の世界の「理法」によって動いている。その人たちの心の世界に分け入っていくと、西欧やアメリカで発達した心理療法の理論は通用しないことが、いたいほどに実感されてくる。(後略)>

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