「近代の産物」としての天皇制

知らないことだらけなのは、最近何冊か読んだ日本の天皇制についても同じ。

まだ冒頭しか読んでいない
1 村上重良『慰霊と招魂―靖国の思想―』(岩波新書、1974)
から引くと:

「天皇の神社参拝は、平安時代には、熊野詣でをはじめ、畿内の有力神社に参詣した例があったが、中世以降は、ほとんど行われていなかった。幕末、孝明天皇は、薩摩藩の建議により、ひさしく絶えていた神社参拝を復活し、1863(文久3)年、加茂両社、男山八幡、春日社に参拝して攘夷を祈願した。」

――ざっくり言うと、奈良・平安の頃から、明治の廃仏毀釈まで千年余りにわたって、天皇家は仏教徒だった。

読了したのは、
2 吉田孝『歴史のなかの天皇制』(岩波新書、2006)

3 安丸良夫『近代天皇像の形成』(岩波現代文庫、2007。元は岩波から1992)

そして、5章のうちの1つ「日本の超国家主義―昭和維新の思想―」を読んだのは、
4 久野収・鶴見俊輔『現代日本の思想 ―その五つの渦―』(岩波新書、1956)

傍線を引き、その中でも印象の強かった箇所の天地の余白に○や◎、☆を書き、さらに付箋紙を貼ったりした箇所を引用すると切りがないが、一言だけ感想を言えば、現代人が知っている天皇制は「近代の産物」だということである。


上記の2から引くと:

<じつは日本の君主号が正式に「天皇」と規定されたのは、明治憲法が最初であり、一般には「天子」が広く用いられていたのである。
 しかも、中世・近世を通じて公家・武家と同じように「○○院」とよんでいた過去の天皇を、すべて「○○天皇」とよび変えたのは、やっと1925年(大正14)であり(中略)外交文書の「皇帝」を「天皇」と変えたのは、なんと1936年(昭和11)まで下る。>

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