戦前との断絶

mixi「つぶやき」の続きを書くことにした。
3つのつぶやきは以下の通り。

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以前から持っていた『パル判決書 上』(講談社学術文庫)の正文を読みかけたが、すぐに挫折。「侵略戦争の定義」の箇所さえ読了できず。学者的、義務的情熱がないと、とても読めそうにない。読書の楽しみ的なものはないので。

2年前だったか、GW前半に柄谷の『世界史の構造』は一気に読んだが、後半に北一輝の『国体論及び純正社会主義』はすぐに挫折。明治時代日本の国家・社会・法律・政治と文語文体。その古めかしさの中に入っていくには、学者的な情熱が要る。

40年余も前、1970年代前半、初期マルクスには簡単にイカレタ。ある「普遍性」を直感したのだが、身近なはずのわが日本の北一輝や大杉栄は、遠い歴史の中の存在だった。

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見やすいことだが、現代(戦後)の日本人に戦前の日本が遠く見えるのは、戦勝国アメリカ主導の戦後改革によるところが大きいだろう。

新憲法、天皇の位置づけ、学制改革、農地改革、新仮名遣い、当用(常用)漢字等々…。

そして、社会・文化のアメリカナイゼーション、高度経済成長、テレビの普及…。

高度成長は、自動車・家電など民生部門が恐らくGDP上の計数面では大きかったろうが、高速道路や新幹線など「インフラ整備」が牽引し、支えたことと車の両輪だったのだろう。例えば、高度成長以前の日本には、英米の基準で「道路」と呼べる舗装道路がほぼゼロだった。道路がなければ車の、発電所がなければ家電製品の、意味も価値もない。

宮崎駿の『風立ちぬ』に出てきたように、昭和10年代、最新鋭戦闘機の試作機は、工場から飛行場まで、時速3キロの牛(!)に引かれて運ばれた。

ユーミンの「中央フリーウェイ」は、「中央自動車道」が開通して初めて、歌になることができた。

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