戦争の起源

松木武彦『人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争』(講談社、2001年)は、考古学者による戦争論。

この書によれば、日本列島において、縄文時代に戦争はなかった。ここでいう戦争は、集団において戦いが組織化され、それに対する日常的な備えがなされ、その社会で完全に認知された政治的行為にまで発展している段階。こうした戦争は、少数の例外を除いて、世界中のどの地域でも、農耕社会が成立して初めて発生しているという。日本では、朝鮮半島から稲作とともに人を殺傷するための武器がもたらされた。

紀元前5~4世紀頃、本格的な稲作とともに、対馬海峡を渡って武器や、集落のまわりに堀をめぐらす環濠集落を造り住む生活様式がもたらされた。これに先立ち、朝鮮半島では日本より早く紀元前1000年頃に稲作農耕社会に突入し、紀元前6世紀頃に、青銅や石で作った短剣や矢じりなど、人を倒すための武器が現れている。その源は、春秋時代の中国の動乱だという。縄文時代にも類似の武器があったが、人を倒すためでなく、狩猟用だった。

大陸からの渡来人やその子孫である弥生人は、縄文人と戦ったこともあったろうが、縄文人が農耕をはじめとする弥生人の生活様式を取り入れるようになり、戦いは弥生人同士のものになっていく。

著者は、大王の権力(後の天皇制)が確立する以前の、いわゆる古墳時代を、「英雄」割拠の時代としてとらえている。ともあれ、日本列島中央部の人々は、単に武力によってではなく、精神的、文化的にも大王を受容することで、天皇制律令国家が確立していく。

戦闘の技術面では、4~5世紀に騎馬の受容、14世紀以降に民衆兵士の大量動員による集団戦への転換が行われ、前者が第一次、後者が第二次の軍事革命とされる。但しこれらを含め、日本列島には異民族による侵入、侵略がなかったためもあり、戦術や戦法の改革は、明治以降も含めて緩慢だった。

戦争は、古代以来、集団ないし国家の支配層によって、食糧をはじめとする資源の争奪を第一の要因として発生し、動員される民衆もその戦果の分配という物質的な見返りを望んだが、もう一方に、非物質的な代償も伴うものだった。例えば、先の大戦で出征した兵士にとっての出征の名誉や戦死の名誉、「軍神」の称号など。

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