「思想犯」としてのあさま山荘事件

以前、図書館から借りて読んだ本を思い出した。(書名、筆者は失念したが、調べればわかる)

1972年の事件当時、幼かったので覚えていないという年代の弁護士さんが、ある時期、この事件の国選弁護人に選ばれて知ったことは、刑事事件の常識、大前提に反したまま起訴や審理が行われていた、ことだったという。

山荘からの銃撃によって警察官二人が死亡した事案について、「5人のうち誰が、どこから発射した銃弾によるものか」という具体的事実の特定が行われない、あるいはできないまま、審理が行われてきた――という事実を知って、法律家として驚いたのである。

つまり、この事件は、当時の日本の国家権力(具体的には、行政権の一部である警察権力)への反逆として、司法によっても断罪された、ということ。

ただ、その弁護士さんが、この本を書き、出版する言論の自由は、日本国憲法に従って、あったわけである。

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