岩倉使節、ベンヤミン、敗者たち

金曜の夜に買った岩波現代文庫の3冊を交互に読んでいる。

1.田中彰「岩倉使節団『米欧回覧実記』」
2.山口昌男『「挫折」の昭和史』(上)
3.多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』

1と3はともに、表題中の著作への注釈的な評論である。

1は、田中氏が校注を付けた岩波文庫、久米邦武編『特命全権大使 米欧回覧実記』5冊本の(一)を買ったが、文語でカタカナの原文では読みづらいので、取っ付きやすい解説書から入ることにした次第。

3は、晶文社版所収の表題作は最近読んだが、今後ものを考えていく際に、すでに古典であるベンヤミンの洞察、考察が参考になるかもしれないと予感され、多木氏の論考も踏まえておこうと思った次第(『精読』は、晶文社版とは別の野村修氏による訳を含む)。

実際には、ベンヤミンが表題作などの論文で主に扱った「写真」や「映画」よりも、自分自身も含めて現代生活に欠かせない、テレビをはじめとする「マスメディア」と「現代人の意識・存在」との関係に漠然とした関心がある。

しかし、テレビやインターネットの時代の前提、前史として、写真や映画とそれらの技術的・工業的・経済社会的前提についても、基礎的な知識は欠かせない。一言でいえば、「現代人とメディア」をめぐる諸問題のうち、いわば基本的・原理的な部分について、納得しておきたいという願望がある。

2を書いた山口昌男には『「敗者」の精神史』もある。やはり漠然とだが、これらの著作で山口氏の旺盛な関心と膨大な知識に絡め取られた日本近代史の中の人物群のうち、「敗者」や「挫折」と総称されたような何かに惹かれる、ということがある。(山口氏の嗜好・志向そのものとは違うだろうが、僕自身が最近日記で書いた渥美勝や尾崎放哉など)

さかのぼって1はといえば、ウィキペディアによれば「明治維新期の明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日まで、日本からアメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国に派遣した大使節団である。岩倉具視を正使とし、政府首脳陣や留学生を含む総勢107名で構成された」岩倉使節団に随行した久米邦武が編修、出版した『回覧実記』についての解説書である。

この使節団の特命全権大使は岩倉具視だが、一行には、木戸孝允と大久保利通という「維新の三傑」のうちの2人にして、明治新政府の最大の実力者であり、長州と薩摩を代表する2人のほか、後に初代総理大臣となる伊藤博文も含まれていた。

卑近な例えをすれば、政権交代を勝ち取った民主党が、政権基盤も固まらないまま鳩山由紀夫と菅直人をともに使節団に送り出したか、それ以上のことを行ったようなものだろう。帰国は予定より1年も遅らされ、結果として、実に「1年9か月!」もの間、新政府は木戸・大久保という最大の実力者のいない「留守政府」の状態にあった。それほど明治新政府は、先進的な西洋文明を移入することに必死だった。

明治維新の「勝者」、新政府の権力枢要にある者たちの外遊と、明治以降の「敗者」や「挫折」とに共通するのは、さしあたって「日本近代史」という実に大きな括りくらいである。

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