三島由紀夫とフラメンコ

しばらく前の日記「三島由紀夫と橋川文三」を読み返して思い出した。

同名のタイトルの本の著者・宮嶋氏は、三島の晩年の右傾化に最も影響を及ぼした同時代人は橋川文三でないか、と推定している。これを読み返して思い出したのが、板坂剛氏の書いた三島由紀夫論2冊の中の、三島とフラメンコをめぐるエッセーである。

(以前、読了後間もなく書いたこともあるが、今回は記憶を頼りに書く)

ボディビルを始めて肉体改造に成功した35、6歳の頃、三島は、「詩人の魂とボクサーの肉体」を持つフラメンコダンサーに憧れ、習おうとしていた。

ところが、不器用な三島には合わないと考えた奥さんが「まず私がやってみて様子がわかってから、あなたもやってみては?」と提案したため、三島はその助言に従って、フラメンコを習う話はうやむやのまま結局、実現しなかった。

このことを受けて、板坂氏は、「三島がフラメンコに打ち込んでいたら、あのような右傾化は辿らず、あのような死に方はしなかったのではないか」と言う。

たしかに、フラメンコダンサーと軍服めいた制服での団体行動や切腹は似合わない。

美意識に敏感な三島なら、実行しなかっただろう。

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