現代日本文化の危機

坂井修一の最初の短歌論集『斎藤茂吉から塚本邦雄へ』(2006年12月)を読んだ。

興味があったのは塚本邦雄のほうである。斎藤茂吉は、僕にはまだ遠い。先日読んだ関川夏央の短歌論が、斎藤茂吉と釈迢空の死の翌年、編集者だった中井英夫が中城ふみ子と寺山修司を発見した1954年を現代短歌の始まりの年とした、その短歌史観に僕は共感する。

著者の坂井氏は、コンピューター科学者で東大教授。大学2年生から作歌を始めた歌人であるが、この本は最初の評論集。

(冒頭の序章でミスタイプを見つけた。『指輪物語(Load of the Ring)』とあったが、正確にはThe Lord of the Rings。ロードをloadと無意識に決めつてしまうところが、コンピューター科学者らしい)

茂吉と塚本邦雄以外に独立した章を充てられているのは、馬場あき子と佐佐木幸綱。

馬場あき子については、昔『鬼の研究』を読んで、やや期待が外れた記憶がある。黒いしっかりしたケースに入ったハードカバーの凝った装丁の本だった。著者が女性歌人であることもあって、もっと感性的、情念的な文体と内容を期待していたのだと思う。

本書の中でも次に引く段落は、特定の短歌や歌人や短歌界をはるかに超えて、現代日本の文化ないし精神の危機への重要な指摘だと思う。

「国際化の動きはあるものの、短歌は、日本という温帯モンスーンの島国にはりついた民族の芸術である。一方で、日本は今、世界の水平化の中で固有性を失いつつある。伝統の無化と個性の無化と、二重のアイデンティティ喪失の危機にありながら、日本人の危機意識は、第二次大戦直後に比べてきわめて淡い。」

そのほかにも、なるほどと思った立論は少なくないが、この本に引かれた中で僕が最も好きなのは、北原白秋の次の歌である。

麗らなれば童(わらべ)は泣くなりただ泣くなり大海(だいかい)の前に声も惜しまず

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