究極の格差社会

アメリカは先進国の中でも、社会福祉の面で北欧や西欧と対照的に、「低福祉・低負担」の国とされている。所得の格差が大きいが、課税の累進性が低い、金持ちに有利な国である。

その背景には、「自助努力」を尊び、適者生存が原理である社会進化論的なイデオロギーがある(江藤淳が『アメリカと私』で、短い滞在経験にもかかわらず鋭く洞察した見解を述べている)。金持ちでない大部分のアメリカ人も、「結果の平等」を重んじる社会主義よりも、「機会の平等」を価値とするアメリカンドリームを信じたがっている。

僕がニューヨークに住んだ1980年代後半は、まだ日本は「一億総中流社会」と言われていた時代だった。その時代に、毎日、街にあふれるホームレスの人たちを見ながら、思ったのである。一握りの大金持ちや政府が、働いて稼ぐ能力のない人々を養ってあげる――という仕組みである。

「お前たちは稼ぐ能力がないんだから、下手に働こうとしなくて良い。その代わり、俺たちの金を食いつぶすほど無駄づかいはしないでくれ」という制度である。――どちらかというとSF的なこの夢想は、財政的にも、選挙民を納得させる政策哲学としても、とても実現しそうにないことはわかっていたが…。

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