ワンラッキーという店

昔、池袋西口に「One Lucky(ワンラッキー)」というバーがあった。英会話がまずまずできるようになった頃、僕は英会話喫茶など、もうお金を払ってまで英語を話す気がしなくなっていた。ある時、外人客が多い店が下宿の近くにあると聞いて行ってみたところ、「一見さんお断り」で締め出された。後日、人に連れて行かれてから、時々行くようになった。

ドリンクやつまみが1品500円が基本の明朗会計で、マスターが一人でやっていた。客の7割くらいが英会話教師などをしている外国人で、毎日マスターが客たちの写真を撮り、翌日にはプリントして、ミニアルバムを専用の棚に置いた。日曜祭日の休み以外、基本的に1日1冊はミニアルバムが増え、膨大なアルバムが棚に並んでいた。客はその後また来たときに、自分の写真や、自分の来なかったときに来た友達の姿を見ることができる。また、「自分の知らないこんな客(美女・美男など)が来ている」ということも、知ることができる。

外人たちのネットワークは世界中に広がっていた。僕は1987年にニューヨークに住み始めてから数カ月間に、この街で、ワシントンDCなど他の街に住む人も含め、One Luckyの客だった5人に会った。そのうちの一人が、ニューヨーク在住時、一番の親友だった、黒人でイスラム教徒のアリである(その頃、同僚だったある日本人女性は、売り出し中のデンゼル・ワシントンよりハンサムだと言ったが、僕も同感だった)。

ある時、都心にあるグランドセントラル駅の前を歩いていて、何度も日本語で呼びかける声が聞こえるので振り返ると、なんと、この店の常連だったパキスタン人の男が新聞を売っていた! 日本ではパキスタン製の絨毯に「ペルシャ絨毯」という偽のブランドマークを付け、名だたる大手デパートに売りつけていた。ニューヨークではビザのために、偽装結婚をして滞在しているという。いかがわしい男である。

僕が日本に戻った後、One Luckyは区画整理で駅から歩いて十数分もかかる場所に移転。やがてマスターが病気になり、店もたたんでしまった。

今回、ウェブで検索してみると、横須賀のドブ板横丁にある「一福食堂」を、帰国した米兵や兵隊上がりの人たちがOne luckyと呼んで懐かしんでいるという…。池袋にあったOne Luckyでは米兵に会ったことはなく、関係があるかどうか不明である。

この記事へのコメント

みき
2007年01月14日 03:56
ワンラッキ-のマスタ-の行方捜してます、マスタ-にはいろいろお世話になりました、1988年から1995年迄しょっちゅう店へ行ってました、それから日本を離れてマスターに最後に会ったのは10年位前になります。病気で入院してたりしたからずっと心配しているのです、行方を知っている方いらっしゃいませんか?
あんらぎ
2007年01月19日 01:46
ミキちゃんとはこんなところで会えるとはびっくりです。スーザン&あらきですよ。今はフロリダに住んでます。お元気なようすで安心しました。

マスターは肺炎で入院してましたが、回復して今は都営住宅にお住まいのようですよ。池袋のペンキ屋ボブさん(知っているよね)に2年程前に東京に戻った時に電話して聞きました。Gandiさんももしかしたらミキちゃんも覚えているかと思いますよ。ワンラッキーの同窓会でもしたいですね。前のアドレスにメールしてみます。僕のメールは前のままですからよろしく。
くまちゃん
2012年03月27日 01:10
懐かしいですね。私も1980年代の前半によくワンラッキーにいっていました。

マスターは昔空手をやっていたといっていましたね。池袋の店は十人ぐらいで満員にやかなる小さな店でした。店の奥に6人ほどが座れる場所がありましたね。
2012年04月22日 18:49
くまちゃんさん、
コメント有難うございます。
今頃になって気づきました。
空手のことは知りませんでした。
さて「くまちゃん」さんとは、どなたでしょうか…。
トミー
2012年09月12日 01:45
30年前池袋に住んだ時、新婚生活をした時代ワン、ラッキ―のマスターと出来て店の手伝いや留守中の見張り等やりました、当時はカラオケバーなので8トラテープを入れて、歌の本見ながら歌い、お客がなんと外国人でした、その人達はキミ旅館で宿泊している、お客様、仕事はスケートアイスショウのスタッフでした。最小は片言の英会話で始まって、そのうち日本語で喋り賑やかです。マスターの得意料理はカレーライスよく食べましたよ、結構美味しいかった、一年後子供が産まれマスターは子供の顔が見たくって、産婦人科の病院まで面会来てくれた、ものすごく嬉しい、マスタ―健在ならいいけど、亡くなったら、胸が痛みます。会いたい、場所の住所知りたいですね、今わかっている貴方情報お待ちしています
2012年09月12日 07:08
トミー様
コメント有難うございます。
池袋西口側の大規模都市計画で要町のほうに移転してからも時々は行ったのですが、その後、店を畳まれ、以後、消息は不明です…。
チャトラ
2012年09月16日 23:00
30数年前私もワンラッキーの常連でした店の前のアパートに住んでいて マスターには
本当にお世話になりお礼も言わないまま引っ越ししてしまいお店を捜したのですが店が閉店私の友達夫婦もマスターを捜しています 確かマスターの名字宮沢さんですよね?
知ってる方情報を教えてください
2012年09月17日 08:30
マスターの宮沢という苗字は覚えています。
チャトラ
2012年09月17日 11:24
やっぱり宮沢さんですよね?
ありがとうございました 
ふみ
2012年12月03日 02:00
マスター名前はクニオさんでしたよね?
僕はそのころ18でした。本当に良くしてもらってて、いつもワンラッキーでご飯を食べに行きました。お店がはねたあとは近くの天藤さんでご飯をごちそうになりましたね。マスター体壊したんですか?
なんだかすごく気になって検索していたらここに来てしまいました。
お元気でいてほしいです!
ふみ
みき
2013年02月28日 23:30
今、ひろしさん、スーザンから返答が来ていたのを知りました
今は2013年です
5年前になります
今もフロリダにいらっしゃるのですか?
私は家族と横浜にいます
miki.kitahara@gmail.com
です、連絡下さい!
みき
あお
2013年12月16日 00:55
30年近く前に私もワンラッキーに行ってました。
ふと思い出して検索したら、こちらのブログがHITしました。
底が丸いグラス、黒糖焼酎にライムシロップを入れて飲むスタイルが好きでした。食事も美味しく、醤油とにんにく、蜂蜜で出来たタレに鶏肉を一昼夜漬け込んで焼いたチキンソテーが大好きでした。近くにあった天藤さんも・・・
どちらのお店も今はもうないんですね・・・

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